近代の日本は様々な社会問題に直面している。近年、日本の田舎に住んでいる人の数が減ってきている。多くの人々が都市部に移住している。田舎の人口が減って若者が都会に引っ越したとたんに、社会的なグループの文化や歴史がなくなる。田舎に住んでいる社会的なグループの1つをマタギと言う。マタギに関して情報を保存したり、日本語が理解できない人と分かち合ったり、この社会問題を日本国民に知ってもらうために、私は研究している。どうしてこの研究が大切だと言ったら、マタギのグループは日本の社会の一つの部分なので、彼らの状態や将来が日本の状態や将来も代表するからである。どうやってマタギが今の状況になったかである。現在の社会問題の一つが分かり、日本の文化や歴史を勉強することになるので、田舎と日本のマイノリティが社会のどこにいるかや将来について考えてほしい。もう一つ、伝えたいことは、なぜアイヌについて話していないかということである。それは英語と日本語で既に書いてある記事や本が多いからである。
伝統的な文学や民話によると、マタギの成立は平安時代か鎌倉時代とも言われ今答えられないものの、伝説的には万事万三郎という猟師を祖としている。この猟師は昔に天皇と悪魔の争いの間に天皇を手伝ったので、彼の褒美は日本全国どこの山でも獣を獲ってよいという免許であった。(太田 雄治, マタギ 消えゆく山人の記録, 1997)
柳田 國男によると、マタギとは東北に住んでいて、ジビエを狩る山人だと言っていた。彼らは山で冬と春の月を過ごして、熊や他の大きい動物を狩る。切り畑からの収入不足を補うために、マタギは狩りを参加した。マタギの文化には、独自の習慣、信念、儀式がある。彼らの信念は、山の神と修験道を囲んでいる。マタギと言う言葉は柳田 國男によるとアイヌの「またつぼ」にちなんで名付けられた。「またつぼ」とはマタギを持っていった杖だという意味であった。(柳田 國男、Folk Legends from Tono, Ronald Morse翻訳者, P.
93)
マタギは東北や北海道や関東の北の山地の少数民族のグループである。このグループは伝統的にチームの方法で狩ったり、山と自然に関する儀式をしたり、独自な山の神の信仰を持ったり、する人である。現代のマタギは田舎のマタギの村や町に生まれて、そういうアイデンティティを持っている人である。明治維新の後、マタギのような常時狩猟を専門とする人々の数は減少した。狩猟活動はアルバイトになり、彼らの実際の仕事は多様になった。 狩猟期の以外にはマタギは鉱業と農業と林業等に従事している。冬と春の狩猟の対象は主に黒熊と日本カモシカであるが、昭和初時代には日本カモシカは自然宝物と指定され、狩猟は禁止されていた。 マタギの熊の狩人としてのイメージは、政府によるハンターの制限と日本の薬文化における熊の人気の結果であると言えます。熊の肉からたくさんプロテインをもらうばかりではなくて、熊の胆嚢が万能薬であると考えられていた。(The Moon Bear as a Symbol of Yama: Its
Significance in the Folklore of Upland Hunting in Japan, Catherine Knight,
2008)
こんにちは。マタギに関する研究、楽しく読ませていただきました。
ReplyDeleteこの論文でいう「マタギ」は「集団で狩猟を行う人々」のことを指しているのですね!
現在は狩猟が禁止となったため、マタギの方々が減っているということなのでしょうか。
そして、日本の政府をマタギの方々の保護のために何かの法的な措置取っているのでしょうか。
あと、マタギの言葉についても気になりました。どういった言語をつかっていたのでしょうか。それは現代の日本語とどれぐらい離れていたのでしょうか。また、アイヌの言葉と関係があるのでしょうか。
確かにアイヌに関する研究に比べるとマタギに関する研究は少ないような気がしますが、それはなぜなのかも少し気になりました。
これからも頑張ってください。
TA準